イリアス・エナッシ、成功を支える家族への思い
イリアス・エナッシ(オランダ)は2019年、ONEスーパーシリーズのフライ級を席巻した。
昨年8月のONEチャンピオンシップデビュー戦で、エナッシは衝撃的なノックアウトで勝利を収めて、ONEフライ級キックボクシング世界タイトルを獲得。さらにその3か月後には、長年のライバルを打ち負かして1年を締めくくった。
これまでのところ、23歳のストライカー、エナッシは世界的な舞台で大活躍を遂げているが、彼はすぐに消えてしまうような旋風ではない。エナッシの成功は、長年の懸命な努力と、彼にとって最も重要な人々に、つまり家族からの励ましに後押しされている。
エナッシは家族思いの人間であり、その理由を理解するのは難しいことではない。
移住先での差別
エナッシはオランダ・ユトレヒトで、モロッコ人の両親の元に生まれた。両親は異国の地で、苦難を経験した。
両親は差別に苦しんだが、耐え忍んだ。だがオランダに住むことで、子どもたちにより良い将来を与えられると考えていた。
「両親はここの出身ではなかったから、差別を受けた」
「移民だったから、自分たちの権利のために戦わなければならなかった。ここで受け入れられ、ここの一員になるために、父は時々、文字通り戦わなければならなかった」
「ルーツはモロッコだが、自分はオランダで生まれた。オランダに住み、オランダで育った。全てはオランダで始まったし、ここが自分のホームだと感じている」
父親は地元自治体のゴミ収集をして働き、母親は当初は自宅で子どもたちの面倒を見ていたが、後に高齢者施設で働き始めるようになった。両親が一生懸命に働いたおかげで、子どもたちに良い教育を施すことができた。
「自分が育った場所は素晴らしいところだった。兄や妹と一緒に過ごした子ども時代だった。家族は自分にとって全てだ」
格闘技の血筋
エナッシは父親と叔父を通して、格闘技と出会った。どちらも熱心な空手の愛好者だったのだ。
「父はいつも格闘技をしていた。父と叔父が空手をやっていて、従兄弟はキックボクシングをやっていた。格闘技が自分たちの血に流れていると思う」
エナッシは子どもの頃、サッカーに夢中だったが、ジムに通い始めるのにそう時間はかからなかった。親戚の1人に駆り立てられたのだ。
「11歳の時に初めてキックボクシングのレッスンに行った。同じ年頃の従兄弟がキックボクシングをやっていたんだ。そこにすごくうまいやつがいて、その子ならお前を倒せるだろうって言われたんだ」
「いつも自分に誇りを持っていたから、誰かに、これはできないだろうなんて言われたら、自分を証明してやりたいと思っていた。従兄弟が行っていたジムに参加し、スパーリングを始めた。トレーナーにはなかなか上手いと言われて、それで2か月後に初めて試合に出ることになった」
最初の試合の後、エナッシは夢中になった。肉体的な挑戦から、その価値観まで、キックボクシングの全てがエナッシを魅了したのだった。
父親は一番の理解者であり、トレーニングパートナーでもあった。息子が潜在能力を開花できるよう支えたのだった。
「格闘技をやるととてもいい気分になれた。緊張も、一生懸命に戦ったりトレーニングしたりした後に受ける敬意も。自分を別世界に連れて行ってくれるようだった。自分がどんどん強くなっていくように感じる」
「自分が最も尊敬しているのは父だった。父はいつも一緒にトレーニングに参加していたし、今でもそうだ。父のおかげで、トレーニングを強化し、ベストを尽くすためのエネルギーとパワーが得ることができた」
人生を変える決断
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エナッシが父親に抱いていた敬意は、格闘技のキャリアを狂わせかねない、負の連鎖から彼を救った。
エナッシは16歳の時、トレーニングをサボり始めた。
「友達と遊んでキックボクシングをサボるようになり、間違った方向に進んでいた。だから友達か格闘技かを選ぶ必要があった。夜遅くまで出歩いては、悪いことをするようになっていた」
17歳の時、見かねた父親がエナッシに迫った。将来について考えるよう、そしてキックボクシングを真剣にやるか、それともやめてこれまでの努力を無駄にするのか。
「友達と格闘技のどちらを選ぶかは難しい決断だった。どちらも好きだったから」
「格闘技の方が安定感を与えてくれた。それと父に言われたことで、目が覚めた。格闘技に100%集中することにした。それからは全てがうまくいき始めた」
「格闘技のおかげで、悪い世界から抜け出ることができた。他人を敬う気持ちを教えてくれたし、若くして成熟できた。自分が今持てるものに満足するということも教わった」
チャンピオンへの道
エナッシは34勝3敗という驚異的な記録を打ち立て、オランダのキックボクシング団体「Enfusion」や日本の打撃系格闘技団体「BLADE FIGHTING CHAMPIONSHIP」、さらにオランダで開かれるキックボクシングの大会「World Fighting League(WFL)」でも頂点に立った。
エナッシはその活躍と、リングでのエキサイティングな戦い方により、世界最大の格闘技団体ONEとの契約にこぎつけた。
「ONEと契約を交わした時、全ての努力がようやく実を結び始めたことに気づいた。自分を証明し、夢を実現するために扉を開いたんだ」
エナッシはすぐさま、世界中のファンの前で実力を見せつけた。
昨年8月のONEデビュー戦で、エナッシはペッダム・ペッティンディーアカデミー(タイ)をノックアウトし、ONEフライ級キックボクシング世界タイトルを獲得した。
3か月後、エナッシは長年のライバル、ワン・ウェンフェン(中国)との、1勝1敗で臨んだ3度目の戦いで、僅差のスプリット判定でベルトを守ることに成功したのだ。
エナッシは2020年に、さらに多くのトップ選手との戦いを待ち望み、世界最高のストライカーたちとの対戦を楽しみにしている。エナッシはこれからも、自分自身を証明し続けるつもりだ。誰よりも、彼が最も愛する人たちのために。
「戦い続ける最大の動機は両親」
「家族に、妻や兄妹、両親に、認めてもらいたいと思っている。トレーニングや犠牲は間違っていなかったのだとね」
「自分はこの(機会の)ために一生懸命やってきた。代わりに手にしたものも大きい。自分は決してあきらめない」
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