【1/31大会】“ラカイ”の女子選手、ジナ・イニオンのこれまで

フィリピンの名門格闘技ジム「チーム・ラカイ」を代表する女性アスリートとして、ジナ・イニオンは同国の格闘家のロールモデルと言える。今後待ち受ける総合格闘技の試合に勝ち続けることができれば、世界の格闘家のロールモデルにもなれるかもしれない。
1月31日(金)にフィリピン・マニラで開かれる「ONE:FIRE & FURY」で、ウーシューのフィリピン王者に6度も輝いたイニオンは、強打が持ち味のアシャ・ロカ(インド)と対戦する。勝てばONE女子アトム級世界タイトルを巡る争いに、一歩近づく。
母国で迎える極めて重要な試合に先立ち、30歳のイニオンのこれまでを紹介する。
10人兄弟貧しい暮らし
首都マニラの北250キロの山間地にあるバギオで、イニオンは10人兄弟の1人として、貧しい環境の中で育った。
「私たちは貧しかった。両親は私たちを学校に行かせる余裕がなかった。私たちは学校に行ったが、お金がなくて卒業できない兄妹もいた」
「両親は植物を売って生計を立てていた。でもあまり良く売れなくて、キーホルダーを売る仕事に変えた」
「両親は今ではもうその商売はしていないが、兄妹の1番上が仕事を引き継いだ」
彼女はイニオンという名前で試合をしているが、元々の名字はパシゴン(Pasigon)だった。だがイニオンは父親と同様、途中で名前を変えて祖父のファーストネームを名字として名乗ることにしたのだった。
「父は祖父のファーストネームであるイニオンを名乗っていた。父は学校を出ていない」
「それから、よくわからないけど、パシゴンが裕福な名前だと言われて、父はその名字を使うのをやめ、代わりに祖父の名を使うことにした。だから私もイニオンを名乗っている」
挑戦を求めて
高校で2年間ボクシングをした後、イニオンのコーチがチーム・ラカイのメンバーの1人に交代した。
このことが最終的に、イニオンをONEチャンピオンシップへと導くことになる。
「高校の卒業間際、コーチが変わった。その人は(チーム・ラカイのヘッドコーチ)マーク・サンジャオの教え子の1人だった」
「彼は大学に行くつもりなのかと私に尋ねた。行けるものならと答えたが、経済的には厳しかった。そうしたら彼が、ウーシューの奨学金があるからチーム・ラカイに入ったらいいと言った」
「マーク(サンジャオ)コーチに紹介され、『全国大会に出なさい。もし優勝出来たら入れてあげよう』と言われた」
そしてイニオンは優勝し、大学に進学するのに必要な奨学金を確保できたのだった。
イニオンは他の多くの親戚と同様、警察官になるという夢を目指し、犯罪学を専攻した。だがウーシューで目覚ましい成長を見せたイニオンはサンジャオの目に留まり、サンジャオは総合格闘家として歩む道を開いた。そしてイニオンはもう二度と、別の道を振り返ることはなかった。
「マークコーチは私の可能性を見て、試してみるよう促してくれた。総合格闘技の最初の試合がバギオであって、そこから全てがつながり、ONEに来ることができた」
母に捧げた試合
イニオンの両親は当初、娘が格闘家として生きていくことに大賛成ではなかった。
「親にとってはもちろん、普通のことだと思う。子どもの面倒をみているのだから」
「一度、目にアザをつくって帰宅したことがあった。2回かな。そうしたら母に、もうやめてくれって言われた。でも私は頑固だから、やりたいことはとにかくやる」
両親の当初の思いはやがて、イニオンが試合で戦うのを見て変わっていった。そして今では父親は、イニオンの一番のファンだ。
「父は戦うのがどのような気持ちか知っているから、私を支えてくれる。父は若い頃ボクサーだったの。今もずっと支えてくれている」
だが2019年初め、イニオンの家族にとって、支える形が変わる。母親が慢性腎臓病のステージ5(腎臓の機能が極度に低下している状態)で重病と診断され、全員で助け合わなければならなくなったのだ。
イニオンがその知らせを聞いたのは、2019年2月、「ONE:CLASH OF LEGENDS」でのジヒン・ラズワン(マレーシア)との試合の前だった。イニオンは母のために戦う決意を持って試合に臨んだ。
「母の状態を知ったとき、あまりに突然だったので、私たちはみんなショックを受けた」
「私たちの誰かに問題があれば、他のみんなが支える。どんなに大変でも家族全員で支えるの」
イニオンはその試合を母親に捧げ、スプリット判定でジヒンを破ったのだった。
自分の道を切り拓く
イニオンはチーム・ラカイの中で、数少ない女性選手の1人だ。だがそのことは、イニオンが女子アトム級のランキングを駆け上がる中で、障害にはならなかった。
「チーム・ラカイは家族のようなもの。選手みんなが兄弟で、マークコーチが父親のような存在。誰かに問題があれば、みんなで助け合う」
「トレーニング中は女性であることを忘れるべきだと言われた。自分を男だと思うべき。ジムの外にいるときは女性でいていいが、トレーニングでは本当に一生懸命やらないといけないから」
「トレーニングでは赤ちゃんのように扱ってもらえるわけではない。私のパートナーは男性。スパーリングのパートナーも男性。鼻血が出ていても、スパーリングは終わるまで続く」
実際、こうした練習環境は、試合に出る時に役に立っている。
「男性とトレーニングするのはいい面がある。ジムのパートナーはすべて男性だから、例えば試合で女性と戦う場合、絶対勝てると自信が持てる」
イニオンはさらに、チームメートの活躍に刺激を受けている。チームラカイは2018年に4つのONE世界タイトルを獲得したのだ。
イニオンはそんなチームメートたちの功績を自らが成し遂げることによって、格闘家としてのキャリアを手助けしてくれた人たちに恩返しをしたいと思っている。
「世界タイトルを持つチームメイトや先輩たちを見続けることで、前に進む強さを得ることができる」
「最終的な目標はチャンピオンになること、そしてバギオが誇れる選手になること。まだ女性の、特に総合格闘技でのチャンピオンはいないから」
フィリピンの誇り
イニオンは誇り高いフィリピン人だ。ONEでの自分の活躍により、故郷の人々に刺激を与え、彼らが夢を追い求めたり、格闘技を通じて人生を変えるような経験をしたりしてもらいたいと思っている。
「すべての戦いで、フィリピンを代表することを誇りに思っている。格闘家を志す故郷の人たちに夢を与えたい。特に、『どうやったらできるの?どうしたら総合格闘技を始められるの?私もあなたのようになりたい!』って私にメッセージをくれる女性たちにね」
「ここまでやってきたことには満足している。特に、他の人に、とりわけ女性に刺激を与えられるから」
「格闘技は男性中心だが、女性にもできるし、もっともっとできることがある」
「ONE:FIRE & FURY」でロカに勝てれば、イニオンは女子アトム級の頂点にまた一歩近づく。
いつかイニオンがその頂点に立つ日が来たら、彼女が望むような他の人々への影響力は、さらに高まるだろう。