【12/9大会】「4歳でムエタイを始めた」米国の小さな町出身のルーク・リッシのこれまで
12月9日(土)の「ONE Fight Night 17: Kryklia vs. Roberts」でONEチャンピオンシップでの待望のデビュー戦を迎えるルーク・リッシ(米国、27)は、同国生まれの新世代ムエタイ・ファイターとしての実力を見せつけたいと意気込んでいる。
フェザー級ムエタイマッチで対するは、4位コンテンダーのスモーキン・ジョー・ナタウット(タイ)。
この記事では、米国期待の選手としての前評判と大きな期待を背負ってこの一戦に臨むリッシが、ONEの舞台にたどり着くまでの道のりを紹介する。
幼少期の思い出は父のジム
リッシは米アイオワ州の米ミシシッピ川に面する小さな町、ダビューク出身。幼少期は普通の子供だったが、一点だけ特別なことがあったとONE編集部に語っている。
「4歳から格闘技を始めたことを除けば、ごく普通の家庭で育った」
リッシの父親は米国のムエタイ界と深いつながりを持つ元プロのキックボクサーで、1990年にジム「ダビューク・マーシャルアーツ・グループ」を設立。リッシは幼い頃はよくこのジムで過ごしたという。
「米国の真ん中、中西部でトウモロコシ畑に囲まれて育った。父は伝統を重んじる愛情深い人で、プロのファイターだったんだ」
「だから父の影響で格闘技を始めた。4歳のときだ。子供時代の思い出のほとんどは格闘技や父と一緒にジムに行ったこと。父は自分が好きな格闘技を息子に教えたいと思っていて、それが自分の生涯をかけてやる仕事になった」
大人をKO、プロの世界を意識
リッシはダビューク・マーシャルアーツ・グループでムエタイと出会い、すぐさまジムで最も有望な選手へと急成長を遂げた。
だが、このような才能を持つ10代の若者だったものの、自身のことは“井の中の蛙(かわず)”と思っていたという。
「ずっと小さなジムだったから、いつも父のジムでは一番の選手だった。でも、これは自慢するようなことじゃない」
高校時代はクロスカントリーやサッカーなど他のスポーツをしたこともあるが、父親の厳しい指導の下、ムエタイのトレーニングは毎日続けた。
自身の可能性は信じていたが、本格的にプロの世界を意識し始めたのは大人をノックアウトするようになったことだったという。
「MMAの人気が出てきて、大人が数人加入してきた。そうしたら、ジムで多少負けるようになったんだ。でも、絶対やめるつもりはなかった。『それじゃあこのジムで一番にならなきゃ』と思った」
「それでも『自分がやりたいのはこれだ。プロのファイターになりたい』とは思わなかった。ただ『今はここで一番にならなくては』という思いだった。そして16~19歳ごろ、初めてノックアウトできるようになった。少しずつ男として強くなっていったんだ」
自分自身のスタイルを探して
やがてリッシはアマチュアで勝ち星を積み上げ、タイ・ボクシング協会のトーナメントで13回優勝し、米国の新星として知られるようになった。
高校の同級生が青春を謳歌(おうか)する間にも、連日トレーニングに精を出し、毎週大会に出場していた。
リッシは当時をこう振り返っている。
「金曜日の夜に遊びに出かけたことはない。土曜日の朝にはいつもジムにいた。多少は遊びたい気持ちもあった。中西部ってところは何も無くて、みんな飲んで騒ぐくらいのことしかできない。だから、せめて少しは自由な子供の気分を味わいたかった」
「(同級生と遊べなかったのは)多分一番つらいことだった。けれども振り返ってみると、ああいうのは馬鹿馬鹿しいことだったと思う。やらなくてよかったと思う」
高校卒業後はアマチュアで活躍し続け、そして2020年にプロに転向。これを契機に2年間父親の元を離れてトレーニングをした。
この期間はファイターとして非常に困難ではあったが、有益な時間だったという。ムエタイを教えてくれた父親と離れることはつらいことではあったが、そのおかげで自身の格闘スタイルを確立できたからだ。
「自分の道を見つけないといけなかった。自分自身のスタイルだ。長い間、父が望む通りの戦い方をしていた。おもしろいことに、この時期が一番大変だったけれど、一番成長できた時期でもある。『自分はどう戦いたいかがやっとわかってきたぞ』という気持ちだった」
「父親と一緒に練習できなかったのはつらかった。けれども、父から卒業するときがきたんだってわかった。そうして一人前の男になったんだ」
新たなモチベーション
待望のONEデビューを目前に控えたリッシは、これまで人生を捧げてきたトレーニングの成果を披露しようと意気込んでいる。
小さな町のダビュークで育った自分が、タイ屈指のストライカーであるスモーキン・ジョー・ナタウットと互角にやりあえることを証明したい。そんな思いを抱いている。
ハードなトレーニングを長年にわたって続けるなかでは一時、モチベーションを失ったこともあった。だが、現在は2歳の娘と生まれたばかりの息子がやる気の源となっているという。
「ずっと長くやっていると、同じレベルのモチベーションをいつも保てるわけじゃない。しばらくやる気を失った時期もある。けれども、娘が生まれたときにやる気を取り戻した。そして、息子も生まれた」
「父親になって、ムエタイの世界で光が見え始めた。ONEから注目されて、またムエタイが好きになった」
「馬鹿みたいなことかもしれないが、子供のためにお金を稼ぎたいんだ。小さな町出身だから、ムエタイをやって、子供を養えるなんて、最高のことだ」