世界王者を生んだファミリージム、ユナイテッドMMA
姉弟世界チャンピオンのアンジェラ・リー(シンガポール)と弟クリスチャンにとって、格闘技は常に家族の仕事であり、両親の指導の下、小さい頃から成功を目指して育てられてきた。
父親のケンと母親のジュエルズはどちらも生涯にわたる格闘家であり、長年に渡り、他の人を助ける手段としてジムを運営していた。だが、米国・ハワイのワイパフにある「ユナイテッドMMA」は、子どもたちの栄光を見たいという願いから生まれた。
アンジェラとクリスチャンは驚異的な才能の持ち主であり、急成長する彼らのキャリアを後押しするために、適切な施設が必要であることは明らかだった。
この記事では父親のケンが、家族のジムがどのようにして生まれたのか、そしてどのようにして現在の優れた選手が集まる施設へと成長を遂げたのかについて紹介する。
ユナイテッドMMAの前身
格闘技はケンとジュエルズの血に流れている。格闘技は彼らが誰であるかを表している。
どちらも両親から受け継いで、テコンドーを習って育った。やがてケンは、自分の知識やスキルを広げるため、打撃とグラップリング(組み技)のクロストレーニングを始めた。
1996年、2人はカナダで最初のジムを開いた。
事業は3か所に拡大し、生徒たちは国際的に活躍していたが、2人は2003年、ハワイに引っ越した。そこではケンは、不動産会社の立ち上げに注力した。
「最初は格闘技の指導から離れていたが、子どもたちにはトレーニングを続けてほしかった。だが、総合格闘技を教えられるジムを見付けられず、結局、自宅で教えてホームジムを作ることになった」とケンは振り返る。
ケンは他の家族も指導するようになり、自然な流れとしてやがて、他の人向けの小さなクラスも開くようになった。だがハワイの豊かな戦闘文化のために、独特の課題に直面することになる。成長への道のりは簡単ではなかった。
「ハワイは少し変わった場所だ。(格闘技をトレーニングする)文化が至るところにある」
「歩けるようになるとすぐ、柔道やレスリングの教室に通う。ボクシングやキックボクシングが大好きな人たちで、それもどこにでもある。裏に住むおばさんやおじさんから学ぶことができる」
「経済的な事情もまた課題だった。(米国の)本土に住む人に比べ、格闘技の指導にお金を払うことに慣れていなかった」
ジムではケンとジュエルズの専門知識により、さまざまな格闘技を1つの屋根の下で一緒にトレーニングする機会を提供することができた。そして総合格闘技を1つのスタイルとして教えることに対する親からの懸念を和らげるために、ケンは独自のやり方を導入した。
「戦いを習うのだと思っている親が多かった。自分たちは自己防衛に重点を置きたくて、『トータル・ディフェンス・システム(TDS)』というブランド名をつけた。こうして自分たちのシステムが生まれた」
総合格闘技で大活躍
リー一家はワイパフのコミュニティの役に立ちたかったかもしれないが、主な焦点は、子どもたちのスキルを高めることだった。
「カナダでやっていたジムは、ビジネスとしてやっていた。ハワイでは、全てが子どもたちのためだった」
アンジェラとクリスチャンは、熱心にトレーニングに励み、できる限り高いレベルの大会に参加してスキルを試した。2人は地域の大会で優れた成績を収め、パンクラチオンの全国タイトルを獲得し、国際大会にも出場した。
一家は2012年、世界国際パンクラチオン・アスリーマ連盟世界選手権に参加するためにギリシア・アテネに旅行した。アンジェラはパンクラチオンと総合格闘技の2部門で優勝、クリスチャンもパンクラチオン部門で金メダルを獲得した。
アンジェラとクリスチャンの圧倒的な活躍を見て、彼らの才能を育成するためにより最適な環境を整備する時が来た。
ジムは既により大きな倉庫に移っていたが、一家は世界チャンピオンになった子どもたちのニーズに応えるため、さらに別の場所に移すことを決めた。
「彼らはいつも親友だった。2人で話し合って『これが自分たちのやりたいこと』というのを決めた」
「その時、その倉庫のリース契約の期限が切れそうだったから『オーケー』と決めた。大人同士のように彼らと話をして、これがお前たちのやりたいことなら、それに投資するつもりだと話した。2人を支える施設を作ろうと」
2013年4月、ケンはワイパフの現在の場所にユナイテッドMMAをオープンし、ここが家族の究極のトレーニングの場となった。
わずか4か月後、国際レスリング連盟 (FILA、現・世界レスリング連合)の世界選手権に出場するため、一家はクロアチア・スプリトを訪れた。
クリスチャンはブラジリアン柔術を始め、パンクラチオン、アマチュア総合格闘技、サブミッショングラップリング2階級と、合計で5つのタイトルを獲得。
一方、同年初めに高校レスリングのハワイ州チャンピオンになっていたアンジェラはこの大会で、パンクラチオンとアマチュア総合格闘技でタイトルを獲得した。
この偉業をいっそう印象的にしたのは、アンジェラが肩と、以前に骨折した鎖骨へのケガに苦しんでいたにもかかわらず、タイトルを獲ったことだった。
「闘争心と才能のおかげで、2人とも大会全体の最優秀選手に選ばれた」
「自分はいつだって、彼らが特別だと知っていた。でもあの時、人々が本当に注目し始めた。他の国のコーチが彼らの試合を撮影しにやってくるほどだった」
アンジェラは18歳になると、ハワイでアマチュアの試合に何度か出場。ケンは昔の知り合いであるONEチャンピオンシップのMatt Hume運営担当シニア・バイス・プレジデントに連絡を取り、ONEでアンジェラの才能を披露する機会があるかどうか確認した。
2015年5月にONEデビューした直後、アンジェラとクリスチャンの両方が、シンガポールのメガジム「Evolve MMA」のファイトチーム「Evolve Fight Team」のトライアウトを受けた。当時16歳だったクリスチャンは、その若さで与えられた機会に感銘を受けた。
現在、両者はそれぞれの階級のトップにいる。
アンジェラはONE女子アトム級世界王者。クリスチャンはONEライト級世界王者であり、ONEライト級世界グランプリのチャンピオンでもある。
だが2人は、成功を続けても謙虚なままであり、父親のケンは、それは彼らが自分自身に忠実であり続けたからだと信じている。
「2人が勝った後は、一緒にトレーニングをしたいという人たちが入ってきた」
「時にはそれを利用することもできるが、自分のやるべきことをやっていれば、より多くの人々が集まってくる。彼らは相手が誰であっても、そのスーパースターのステータスを重視はしない。彼らは彼ら自身でしかない」
今日のユナイテッドMMA
「ジムはただのジム。自分たちが作り上げた環境に誇りを持っている。家はただの家でそれを”我が家”にするのが人だ、というようなもの。それが、自分がジムに対して持っているのと同じ気持ちだ」
この環境を維持することは欠かせないことだ。そのためケンは、間違った考え方でジムにやって来るアスリートを追い返すこともする。格闘技とは何かについて、真剣に向き合うことが、ユナイテッドMMAで成功するための重要な要素なのだ。
「格闘技の発展に対する正しい心と態度を持った人たちが集まっていることに、非常に満足している」
リー一家はその哲学を持って、地域社会での存在感を確立している。楽しい子ども向けプログラムは人気で、参加者の半数以上が週5回のトレーニングに通う。
これは、若い生徒や世界チャンピオンのコーチ陣についても、最も良いところを引き出すことにつながっている。そしてケンは、自分の子どもたちが、懸命に格闘技に取り組むことを通じて、社会に貢献できていることをうれしく思っている。
さらに、アンジェラとその夫でONEバンタム級で活躍するブルーノ・プッチ(ブラジル)が近々、姉妹校である「ユナイテッド BJJ ハワイ」を開校予定なのだ。
「アンジェラとクリスチャンは、コミュニティに手を差し伸べるプラットフォームを作ることにとても熱心だ。それは彼らなりの、地元に貢献する方法。格闘技を通じてそういうことができるようになったことに、誰もがとても感謝している」
「4人の子どもたち全員を、とても誇りに思っている。その功績にかかわらずね。下の2人(ビクトリアとエイドリアン)は何度も世界チャンピオンになっていて、実はアンジェラとクリスチャンよりも多くのタイトルを持っている。でもメダルやトロフィーの数ではなく、彼らが彼らであることを、とても誇りに思っている」
ユナイテッドMMAは、アンジェラとクリスチャンのおかげで、世界的に有名なジムになった。
ジムは今、世界王者になるという夢を持つたくさんの選手にとって、最高の場所になっている。だが本質的に、ユナイテッドMMAはそのルーツに忠実であり続けている。
「格闘技のアカデミーであり、自分たちは自己防衛を教えている。選手向けのプログラムは追加で用意している。さまざまな組織でトレーニングする選手がいるが、それは二次的なもの。ここに来る人々は、ファイターになる以前に、自己防衛を学んで自分自身を改善したいと思うべきだ」
「結局のところ、自分たちにとってはファミリージム。ファイトクラブではない」