格闘一族、弟ロビンがレネ・カタランを尊敬する理由
ロビン・カタラン(フィリピン)は人生で何人かのロールモデルがいるが、おそらく兄のレネ・カタランほど彼に大きな影響を与えた人はいないだろう。
フィリピン・マニラ出身の29歳のロビンは、子どもの頃から兄を尊敬しており、兄への敬意の念は格闘技での自分自身の成功のきっかけとなった。
だがロビンの格闘技への関心を掻き立てたのは、兄のレネだけではない。今は亡き父は、元ボクサーで、武器術やグラップリング(組み技)を含むフィリピンの武術ドセ・パレスの武道家でもあり、12人の子どもたちのうち、8人が格闘技のキャリアを歩むきっかけとなった。
ロビンを最初に正式にトレーニングしたのは他の兄弟だったが、ロビンをフィリピンを代表する格闘家になるまでに導いたのは、レネの足跡だった。
「ボクシングをしていた時でも、レネは自分にとって憧れだった」
「後に、レネはウーシューを始め、自分も続いた。彼は世界チャンピオンになって、自分はいっそう兄に憧れるようになった。自分の初めてのウーシューの大会では、全国大会で金メダルを獲得し、ルエルとラビンがいた代表チームに入ることができた」
ロビンはその後、新しいスポーツに取り組み、2011年に国内チャンピオン、そして国際アマチュアムエタイ連盟(IFMA)ムエタイ世界チャンピオンになった。だが2012年にレネが格闘技ジム「カタラン・ファイティング・システム (CFS) 」を設立した時に、再び兄を追ってマニラに移った。
「兄は父親のような存在だった」
「人生で大事なことを決断しなければならない時に、導いてくれた。もし本気で取り組んだら、格闘技のキャリアでどこまで行けるかを教えてくれた。もし地元にとどまっていたら、たぶん農業をやったり、建設作業をしたりとか、そういうことをしていただろう」
彼らが新たな拠点で取り組んだのは、総合格闘技だった。今回はロビンが先に、2012年8月にプロとしてのキャリアをスタートさせた。
ただし、CFSで初めてONEデビューを飾ったのはレネで、2013年4月の「ONE:KINGS & CHAMPIONS」での試合だった。
一方のロビンは、プロとして5勝を挙げて2016年、レネに続いてONEに参戦する機会を得た。だがデビュー戦ではアレックス・シウバ(ブラジル)を相手に、第1ラウンドにサブミッションで敗北を喫し、苦いスタートを切った。
デビュー戦の結果は残念なものだったが、ロビンががっかりしすぎることはなかった。レネも最初の試合で、同じ相手に負けており、しかも続く2試合でも勝てなかったのだ。だがレネは成功を求めて、決して止まることはなかった。
その後レネは、圧巻の6連勝を挙げて、フィリピンの総合格闘技史上、最大の試合に臨んだ。2019年11月に開かれた「ONE:MASTERS OF FATE」のメインイベント、ONEストロー級世界タイトルマッチでのジョシュア・パシオ戦だ。
連敗から盛り返して連勝を続けたレネの姿は、ロビンを勇気づけた。そしてロビンは、ジェレミー・ミアド(フィリピン)を倒し、世界最大の格闘技団体での全5勝のうちの、1つ目の勝利を挙げた。
「兄が奮い立たせてくれた」
「みんなは兄を、年を取ってピークを過ぎた選手だと見ていたが、レネは連勝を続けた。自分は兄の、勝利への執念と努力を見てきた。彼のスキルは健在だし、ベテランとしての頭脳とうまく組み合わせている」
ジムの外では、お互いに支え合う仲の良い兄弟だが、些細なことで口論することもある。ただし、トレーニングの時間が来たときには、2人の関係は厳密にプロフェッショナルだ。
CFSの中では、トレーニングに完全に集中する以外の時間はない。ロビンは自分が他の誰よりも厳しい指導を受けているとしても気にはしない。
はっきりとは言わないかもしれないが、レネがロビンに厳しくするのは、弟への愛情と信念からだ。
「自分たちの人生をより良くするために、彼は厳しくしてくれる。だからこそ、自分達に一生懸命トレーニングしてほしいと思っているんだ」
「自分は彼より若いから、レネはきちんと取り組むよう厳しく接してくれる。兄は他の生徒たちへの模範として、自分を使っているんだ。直接聞いたわけではないが、兄は誰よりも自分が成功するのが見たいと思っているんだって、他の生徒から聞いた」