【10/13大会】亡き同門と心一つ、若松佑弥「秋葉尉頼が強くしてくれた」
若松佑弥は10月13日(日)、東京・両国国技館で開かれる「ONE:CENTURY 世紀」の第1部で、キム・デファン(韓国)と対戦する。この試合、彼は自分自身のためだけに戦うのではない。
若松が所属するのは、東京・練馬の格闘技ジム「TRIBE TOKYO M.M.A」。タフでエキサイティングな選手を輩出することで知られるジムだ。
しかし3年前、ジムに激震が走った。所属していた秋葉尉頼が、交通事故で悲劇的な死を遂げたのだ。ジムに広がった動揺を乗り越えるため、チームは一丸となった。そして亡くなったチームメイトと心を共にすることで、新たな強さを見出したのだった。
秋葉は極真空手出身の選手で、2014年4月にジムに入門した時は、総合格闘技の経験はゼロ。若松と同じくらいの身長と体重で、サウスポーため、2人はよく一緒にトレーニングしたものだった。
若松のほうが1学年、先輩だった。秋葉は後輩として若松に敬意を払うと同時に、共に笑い、共に限界までトレーニングに打ち込み、友情を育んだ。
「秋葉は自分と同じくらい、強い意志を持っていた。世界チャンピオンになりたいって言っていた。格闘技が大好きだったんだ」
「一緒にトレーニングをしていると、自分が勝つこともあれば、彼が勝つこともあった。『くそっ!こいつに負けられるか!』って思っていた」
「秋葉はいつも、ジムに忘れ物をしていた。真面目そうに見えるけど、合宿ではいつも2人でふざけて楽しんでいた」
秋葉は2015年にプロデビューし3勝2敗という戦績を残していた。だが2016年8月、バイクに乗っている時に事故に巻き込まれ、命を落とした。彼にとって最後の勝利となった試合から、3日後のことだった。
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「アルバイト中にチームメイトの小川徹さんから電話を受け、何が起こったか聞いた」
「ショックだった。信じられなかった。年を取れば人は死ぬものだが、自分と同じ年ごろの人が亡くなるなんて。それもさっきまで自分と一緒にいた人が…」
「自分は翌週に試合を控えていた。パンクラスフライ級トーナメントの決勝のね。秋葉はその前の週に試合を終えたばかりだったのに、自分のトレーニングを手伝ってくれていた。しばらくの間、どうしていいかわからなくて、もう何もしたくなかった」
若松は悲しみに暮れたが、次の試合で絶対に勝つという新たな決意を胸に、ジムに戻ってきた。彼の人生の見方は変わったのだ。自分自身だけではない、秋葉をがっかりさせるわけにはいかない。
「死ぬことに比べたら、試合なんて何でもない。だから何があっても勝たなければと思った。そして、自分はトーナメントで優勝したんだ」
若松はその後も、国内の強豪選手を相手に優れた結果を残し、メジャー大会への切符を手に入れた。そしてそこでも、素晴らしい成果を挙げ続けた。
その頃、若松は何度も強敵を相手に難しい試合を戦っていた。だが、友人との思い出と、彼の分まで戦うという気持ちにより、逆境を乗り越えることができた。
「あの時以来、困難な時期もあったが、彼のためにもっと一生懸命やらなきゃって思ってきた。彼はもう、格闘技ができない。だから自分が全力を尽くし、自分たち2人のために世界チャンピオンになるんだ」
「彼が亡くなった時、いつ人生が終わるかなんて誰にもわからないんだってことに気づいた。自分の人生も、大切な人の人生も。それならもっとできることがあるって思ったんだ。秋葉を忘れずにいるためには、もっと一生懸命トレーニングしなきゃいけなかった。毎日、今日が自分の最後の日かもしれないってくらいね。格闘技や人間性に対する自分の態度は、本当に変わった」
刺激を受けたのは若松だけではない。若松は事故が起きてから数ヶ月、チームメイトの清水清隆や佐藤天とかつてないほど団結し、それぞれが前に進むために力を合わせた。
一致団結したトレーニングが奏功し、彼らは次々に勝利を手にしていった。そして彼らが勝利の拳を突き上げる時、その手にはいつも秋葉の写真があった。
「突然、自分たちは一つになった。あの事故がみんなを結び付けてくれた」
「秋葉がそこにいて、自分と一緒に戦っているような気がする。彼がいるからうちのチームは強いんだ。彼も自分も、世界王者になると誓ったから、彼の写真を掲げることによって、みんなに言いたいんだ。秋葉は自分たちの心に生き続けていて、自分たちを強くしてくれているんだって」
「自分たちのものの見方は変わった。大切な誰かがいつ亡くなったっておかしくない。だから自分たちはここで今、一緒にいい思い出を作るためにできることは何でもする」
秋葉を失ったことによって若松やジムのメンバーは、より自省し、規律を守るようになった。もう答えてはくれない仲間を思いながら。
「人生では本当にベストを尽くさないといけないって気づいた。それ以下では何にもならない。人は誰もが死ぬから、持てる全てを100%を出し切る。そしたら人生を楽しめる」
「もちろん、誰でも弱気になったり落ち込んだりする時もある。でもそういう感情を乗り越えることができたら、きっと栄光を手にすることができるって信じている。だから自分は進み続けることができし、強くなれる」
「自分がもし格闘技をやっていなくて、同じことが起こったとしたら、これ以上頑張ったって仕方ないと思ったかもしれない。悲しみを感じるのはいい。でもそのままでいたらいけないんだ。持てる全てをもって人生を生きないと」
秋葉の写真は今、ジムの壁に飾ってある。毎日、練習の一番きつい時も、チームメイトと共にいられるように。
「死んだらどうなるかなんてわからない。もしかしたら、秋葉は今頃、どこかで格闘技をやっているかもしれない。でも、これが自分たちの現実。彼の思いを継ぐ。彼を忘れないために」