単なるスポーツではない、ムエタイは生き方そのもの
ロッタン・ジットムアンノン、ノンオー・ガイヤーンハーダオ、スタンプ・フェアテックス。それぞれ違う地域の出身で、違うジムに属し、ムエタイ選手になるまでの道のりも様々だが、3人とも同じ価値観を体現している。
上に挙げた選手たちが試合に臨む姿を見れば、すぐに気がつくだろう。対戦相手に野次を飛ばしたりからかうこともないし、強そうにふんぞり返って威嚇することもない。不必要におどけた態度で試合を盛り上げようともしない。
ムエタイを通して彼らが学んだのは謙虚な姿勢、コミュニティーの大切さ、そして自身が築いた戦績は自分より偉大なものの一部でしかない、という考え方だ。
ロッタンは当然のように、謙虚であることの重要さを語る。だが、言葉以上に彼の行動こそが、ムエタイの価値観をどれだけ真摯に大切に感じているかを示している
謙虚さこそが、ムエタイフライ級世界王者のロッタンが成功の連続の中でも地に足をつけた態度でいられる理由であり、挫折を味わった時にも希望を失わずにいられる理由なのだ。
フライ級世界タイトルという彼のキャリアにおいて最高の栄誉を勝ち取った時ですら、涙を浮かべたロッタンはベルトを受け取る前に、ONEチャンピオンシップ会長兼CEOのチャトリ・シットヨートンの前で深々と礼をした。
10月13日、東京の両国国技館で開催される「ONE: CENTURY PART II」でボルター・ゴンサルベスを相手に世界タイトル防衛に成功すれば、ロッタンはまた同じようにベルトを受け取るに違いない。
また、ムエタイ選手たちは自分のルーツをとても大切にする。彼らにとって、故郷は自分が今立っている場所から田んぼ一つ分ほどしか離れていないのかもしれない。不利な状況ばかりだったにもかかわらず逆境を乗り越えてきた、その道の始まりは故郷の村だったのだから。
ムエタイを通じて、ノンオーは自分がどのように村のコミュニティーが大切にしているかを示している。
ムエタイバンタム級世界チャンピオンのノンオーの半生は、タイの田舎の村出身の若者のサクセスストーリーそのままだ。ホワイトカラーの仕事に就くタイ人の多くが「辛い暮らし」と呼ぶ環境、つまり農作業をして過ごす毎日から抜け出すことができたのだから。
ノンオーは、現在シンガポールに拠点を置いている。一時的に家族の経営する畑から離れ、海外に住み、他の選手のトレーニングや世界タイトルの防衛に勤しんでいるのだが、家族を田舎から呼び寄せはしなかった。
スタンプはONEで唯一、2競技で世界王者に輝いた。ムエタイを始めたそもそもの理由は、いじめっ子を撃退するためだった。すっかりムエタイが好きになったスタンプは、そのままその道を邁進したのだ。
パタヤ出身のスタンプは地元で連勝を収めた後、ONEに参戦し、ムエタイの本質を世界に示して見せた。それは「恩を返す」ことだ。
スタンプにとって、ムエタイを広める仕事は、「八肢の武術」が彼女に教えてくれた大切な価値観のひとつだ。
リングに姿を現す時はあえて愉快な一面を見せるスタンプだが、キックボクシングとムエタイのアトム級世界チャンピオンとしての役割は真剣にとらえている。
今も技を磨いた古巣を頻繁に訪ね、支えてくれた人たちに恩を返している。
ロッタン、ノンオー、スタンプ。3人のムエタイ選手たちはみんな、一人でサークルに入り、出ていくように見えるかもしれない。だが、それぞれが試合を通し、自分を育んできたムエタイの本質を豊かにすることに貢献している。
試合は彼らに勝利をもたらすかもしれない。だが、ムエタイがもたらすのは本質的価値観だ。つまり、彼らにとって試合は仕事だが、ムエタイは生き方そのものなのだ。
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著者のジョン・ウォルコットは、ONEチャンピオンシップ国際版編集者。記事内容は著者個人としての意見である。
「ONE: CENTURY 世紀」は、さまざまな格闘技から28人の世界チャンピオンが参戦する、史上最大の世界選手権格闘技イベントだ。フルスケールの世界選手権格闘技イベント2大会が同日開催されるのも、史上初めてのことである。
複数の世界タイトル戦、世界グランプリチャンピオンシップ決勝戦3試合、そして世界チャンピオン同士の対決をふんだんに取りそろえ、ONEチャンピオンシップが東京の両国国技館で新地平を切り拓く。