ロッタン、コンサドーレのチャナティップと「サイコー」アスリート対談
ONEフライ級ムエタイ世界王者のロッタン・ジットムアンノンと、Jリーグ・北海道コンサドーレ札幌所属でタイ代表のチャナティップ・ソングラシン、2人の偉大なタイのアスリートのオンライン対談が実現した。
ロッタンは、2018年9月から参戦しているONEスーパーシリーズで10連勝中。2019年8月にジョナサン・ハガティー(イギリス)からONEフライ級ムエタイ世界タイトルを奪って世界王者になり、以来3度の防衛を遂げている。
チャナティップは、2017年7月からJリーグ・北海道コンサドーレ札幌でプレーしており、「タイのメッシ」の異名を有する。
同郷のよしみとトップアスリート同士ということもあり、それぞれの生い立ち、競技を始めたきっかけなどを密に語り合った2人。特に両選手が盛り上ったのは、お互いの決めポーズについて。 チャナティップがゴール後に披露する「最高!」のポーズは、元ボクシングトレーナーの亀田史郎が始め、今ではプロ野球・福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手も決めポーズとして使っている。一方のロッタンの定番はハルクのポーズだ。
この記事では2人のやりとりを詳しく紹介する。
チャナティップ・ソングラシン: 元気?最近のトレーニングはどう?
ロッタン・ジットムアンノン: コロナのせいであまり出来てないね
チャナティップ: 試合は何ヵ月かけて準備をするの?
ロッタン: 普通のボクサーやファイターは、月の頭から試合当日まで準備していき、15日間かけて強度を上げていく。急に強度を高めると調子が悪くなるから。例えば、いきなり朝のランニング15キロメートルの代わりに、10キロメートルから始める
チャナティップ: 今日は話せて嬉しいよ。たまに試合を見るんだ。スアキム(・PKセンチャイムエタイジム)との試合を観たことがある
ロッタン: 観客のお陰で試合は楽しい。お互いのセールスポイントを見つけなければならない。予想できない。でも試合の後はみんなブラザーだ
チャナティップ: フィールドと似てる。試合中は敵同士だが、終わったら友達
ロッタン: その通り
チャナティップ: それがプロフェッショナリズムというのものだ
ロッタン: スポーツの魅力だね
チャナティップ: ボクシングは当然疲れると思うし、もちろん痛いだろう。打たれるときは、どんな感じ? 慣れるの?
ロッタン: 最初は痛かったが、そのうち何回も打たれて、あまり気にしなくなる。痺れるくらいかな
チャナティップ: なんて言うんだっけ?アドレナリンラッシュ?
ロッタン: そう!エンジンが温まる感じだ
チャナティップ: 暖まったら、君はこう言う感じだよね。(拳を構えて首を振るロッタンの真似)
ロッタン: それ!体験してみないとね。そんな感じ!
チャナティップ: 痛いよ!ボクシングって痛いよ!
ロッタン: どう練習するかによる。たくさん練習したら、痛みはあまり感じないか全然感じない。体が慣れているから
チャナティップ: 疲れる事はある? やる気がなくなるときはある?
ロッタン: 辞めようとした時もある。たくさん試合で負けたことがある。多分5、6試合負けた。でもこの職業のおかげでいろいろな機会を得られた。新しい人生を手に入れて、親の世話もできるようになった。ボクサーはみんな何もないところから始める。この競技のおかげで経済的に安心できる。自分を変えてくれた。習慣や礼儀など、すべて
チャナティップ: 規律を持って、お互いにリスペクトしあって、友達になり、勝利の味も敗戦の味も、慈悲も知る、と
ロッタン: 子供に格闘技を習ってほしくないという人は沢山いる。不良だと思われてるから。しかし、その考え方は変えるべきだと思う。護身術と認識してもらいたい。例えば、女性なら、危ない状況で身を守るのにとても便利だ
チャナティップ: ボクシングは全身が疲れると思うけど
ロッタン: 練習とトレーニングの2ヵ月が厳しいって言われるよ。けれど、リングの中では、2分から3分だけなのに、もっと疲れる
チャナティップ: 全力を出さないといけないからね
ロッタン: そう。しかも殴り合わないといけない。ここ(頬骨のあたりを指さして)は、2回殴られて、眉毛も
チャナティップ: できることを引き出す。実力を
ロッタン: 顔(外見)は使わない。でも体は使う
チャナティップ: いろいろ犠牲にしなければならないものがある。アスリートは、格闘家でもサッカー選手でも、現役の期間は短く、キャリアとして求めるのも短い。身体に厳しい
ロッタン: 自分は試合に出る数を減らしてる。身体の手当てやキープしなくてはならない。お酒など楽しむボクサーがいるが、個人的には自分は飲まない。数杯飲んでもリカバリーには時間かかる。プロでいる間は飲まないことにしている
チャナティップ: 普段は何を食べている?
ロッタン: ホエイ・プロテインなどサプリメントを摂る人もいるが、個人的に厳しくトレーニングして、腹筋を割って、ウェイトも使って、身体を強くする方がいいと思う
チャナティップ: 自然に鍛えるということか。こっちでは、ホエイ・プロテインなどのサプリメントは、自然じゃない(加工)食品だから避けてる。でも、体をつくるためのすべての必要栄養量をとるようにって
ロッタン: だから自分はできるだけ普通の食べ物を食べる。なんでも食べる。ソムタム(註:東南アジア料理、青いパパイヤのサラダ)を食べたかったら食べる。何か欲しかったら、普通に食べる。試合前には制限があるけどね。お腹を壊したら戦えないから
チャナティップ: 日本では、シンプルな食べ物しか食べない。アスリートとして、控えている食べ物の1つは揚げ物だ。悪い脂質が入っているからね。野菜を食べる人もいるけど、個人的には、どうやってエネルギーを得ているんだろうって思ってたけど、しっかり身体のエネルギーになるんだね。
栄養に関してはかなり厳しいよ。寮で食事する時は、栄養がきちんと取れるようにできてる。プロのアスリートとしては、規律と、リカバリーと、完璧な食生活が必要だと思う。怪我などはしたことはある?
ロッタン: 手首だけ。ジャブを相手の頭に打った時怪我して、すごく痛かった。でも折れてはいない
チャナティップ: 捻挫? 骨は?
ロッタン: そう、骨が痛い。未だに痛い
チャナティップ: 医者に見てもらった後も?
ロッタン: そう、針治療や注射を受けても、痛みが治らない。注射も打ちすぎないようにしてる。その代わり、コンプレッション(圧迫刺激)を与えて、緩和しようとしてる
チャナティップ: リングに入って、簡単に勝てそうと思える相手や、タフそうな相手と戦う。憤りが溜まったりしない?
ロッタン: 試合では色々な相手と立ち向かう。自分は身長が低いから、背が高い選手には足で頭を押される。その時は感情に流されないようにする、ではないと、負けてしまう。リングに入る度、意識しなければいけない
チャナティップ: 練習と試合はまったく別物。1つは、試合中にはすごくプレッシャーがある。2つ目は、期待がまったく違う。3つ目は、集中が切れることがある。集中力を戻さなければいけない
ロッタン: 練習と試合は全く違う。練習中では相手を研究することができるが、試合では自分と相手だけだ。教わったことはできないかもしれないけれど、状況に即興で対応しないといけない
チャナティップ: 直感に任せるということ?
ロッタン: 経験だね。ある状況では何をすべきか分かる。身を守って、役に立った経験を生かして対応しないといけない
チャナティップ: 身長が高い選手と向き合って、蹴られないようにするにはどうする?
ロッタン: それは相手と自分の間の距離だ。遠かったら、楽に蹴られるけど、近すぎたら、相手は蹴れない。横向きになって打つことも大事だ。出来るだけ足を狙って蹴る。身長高い人は足とお腹が弱点だ。頭を狙ってKOを目指せという人もいるが、高身長の相手は、顔を打つのは簡単じゃない。お腹の方が楽。ムアントンでタイトルを防衛した時は、お腹だけ狙ってた。自分も打撃をもらったけれど
チャナティップ: 打撃をもらったのは、カウンターのためだよね?
ロッタン: そう!攻撃したくても、身長が高い相手なら、パンチやキックをかわされて、攻められないことがある。その時は近づいてプレッシャーをかける
チャナティップ: 最初のラウンドでは相手を試してるのかな?
ロッタン: 5ラウンドあるから第1ラウンドでは焦らない。さっきも言ったみたいに、練習と試合は全く別の物だ。3分5ラウンドある。体力を全部使い切りやすい。初めから全力で行くと、もう終わりだ。少しづつペースを上げて行って、自分の一番得意なな武器で相手を倒す。先にダメージを与えた方が有利だ
チャナティップ: 父もサッカー選手だった。スピードはあるけどテクニックはなかった。子供たちにも基本を学んでほしがってた。基礎が一番大切だから。4歳の時に練習を強いられた。新聞紙を丸めて、蹴るように言われて、そこから始まったんだ。
教わったのはサッカーの基本だけだった。体格が小さいから、足を上手く使えるように教えてくれた。何か気に入られなかったら、叩かれた。13歳になって、基本を習得できたらやめてくれたけどね。
自分に強い決意があるのは、練習中の規律のおかげだと思う。たまに朝練習して、夜も練習してた。昔の田舎には、何もなかった。友達もなかった。道路で練習していた。雨の日は、練習しなくていいと思いながら、父が練習場所を見つけ出していた。コンクリートの壁を使ってボールのパスを100回したり、階段を20から40回走り登ったり、父が満足するまで練習していた。
プロになって成功する前は、色々あった。チャナティップはすごい! とは行かなかった。でも、自分が何を経験したか知っている。これが自分のストーリーだ。君のストーリーも聞きたい
ロッタン: 少し衝撃的かもしれない。泣かせるかもしれないけれど、手短に話すね。親は自分にボクサーになってほしくなかった。10人きょうだいなんだけど、両親は全員の世話ができなかったね。朝は仕事に行き、夜遅く帰ってきてた。母は葬式で皿洗いなんかしてた。自分は母と金属の切れ端を集めて、それで家族をなんとか養っていた。
ボクシングの前は、自分もサッカーをやってた。7歳か8歳のころ、サッカーを初め、サッカーはお金にならないから5、6年生になったらボクシングに転向した。
親に気付かれないように家を出て練習に行ってた。親に心配をかけないためだった。
その練習場には多くの子供がいた。自分に友達はいなかった。雨が降ったら、雨の中で1人で遊んでいた。1週間ほどこっそり(ボクシングの練習場を)見て、「一緒にさせてもらえますか」って尋ねた。ボクサーにはいくつかのレベルがある。新入りには、誰も構ってくれなかった。一生懸命、サンドバッグを蹴りまくった。上に行ってトレーナーと練習したかったけど、サンドバッグとしか練習できなかった。
1年かかって、自分の努力と決意にやっと気付いてもらえた。父に練習する許可をもらって、初めての試合は友達が風邪ひいた時に、代わりに出たときだった。初めての試合で、300バーツ貰った。とても誇りに思った。
初めての試合に出してもらえて、300バーツ。300バーツは大金だった。お小遣いは1日5バーツだったから。そしてそれは学校の給食のためで、足りない時もあった
チャナティップ: 初めての試合では、ノックアウトした?
ロッタン: ノックアウトなし。適当にパンチ。お互い戦い方が分かってなかった。自分たちが何をしているのかわからず、闇雲に打ち合ったよ
チャナティップ: テクニックなしでパワーのみ
ロッタン: そう、そういう感じだった。昔はいろいろなスポーツをやっていて、サッカーも部活でやっていて、地方の大会にも出た。ボクシングジムの会長は、父に、自分はどのスポーツに集中したいか聞いた。全部はできなかったから、子供の頃からサッカーの試合が好きだったけど、サッカーはやめることに決めた。
君(チャナティップ)と話すことができてとても光栄だ。まさかこういう機会が現れると思わなかった。ボクシングとMMAのおかげで、チャナティップみたいな立派なサッカー選手と話せる機会が持てた。君のことを、タイで1番のサッカー選手だと思っている。
例えば、MMAでは、小さいファイターは大きいファイターと戦えないけれど、フィールドでは、頭を使って、フェイクなど使いながらボールを奪うことができる。ボールのコントロールが上手だよね。そして、君はボールに優しい。ドリブルしてシュートすると思ったらしない
チャナティップ: フィードバックをありがとう。これからも頑張るよ
ロッタン: 自分にとってはMMAのようなものだ。決着を付けなければならない、重要な瞬間がある。相手をフィニッシュする瞬間が
チャナティップ: これからロッタン・ジットムアンノン気分で行こうかな
ロッタン: そう、もっと熱くなって欲しい。自分は殴られたら熱くなる。君の場合はゴールキーパーを怖がらせないといけない
チャナティップ: ハハハ、ゴールーキーパーを諦めさせることか
ロッタン: そう、自分が相手を怖がらせるみたいに、ゴールーキーパーを怖がらせるんだ
チャナティップ: 筋肉を見せつけること?分かった
ロッタン: 見せてあげよう。ゴール入ったら「アー!!」って、叫ぶんだ
チャナティップ: 君のアドバイスを身につけて試合で活かそう。尋ねられたら「ロッタンに言われたから」って答えよう
ロッタン: 祝う時は静かだよね
チャナティップ: 見せてあげよう。「サイコー!」
ロッタン: ハハハ、これは可愛すぎない?
チャナティップ: この祝い方は有名な日本人ボクサーのものだよ!
ロッタン: ボクサーがこれを? 自分には似合うかな?
チャナティップ: 次にゴールしたら、自分を見てほしい。ムキムキって(ハルクポーズを)するからね
ロッタン: 次に自分が勝ったら「サイコー!」ってするよ
チャナティップ: 真剣な話、プロのサッカー選手でいなければ、人生で何していたか分からない。ルックスもないし、小さいし、馬鹿だし、勉強もできないし……。何千バーツも何万バーツも稼げなかっただろう。誰にも知られていなかっただろうし、親に頼って生きていかないといけなかっただろう。これからどうなるかわからないけど、いい親、兄弟に恵まれて、色々犠牲にして立派なサッカー選手にならなければなかった。
家族のため、国のために試合するのはとても光栄だ。色々犠牲したけれども、その価値はあった
ロッタン: 自分は、ファイターじゃなかったら、博士だね。
博士と言っても、麻薬の売人の方の。そう言う環境に育ったから。何もない若者だったし、自分の家は貧乏だったから、生活のために金属の切り端を集めていた。道でホコリを蹴り飛ばしてたのに、まさか今のようなアスリートになるとは思わなかった
チャナティップ: そういう人(麻薬の売人や中毒者)を社会から減らすのに何が必要なのかな?減らすって言うよ。廃絶は難しいだろうから
ロッタン: 彼らができる活動を作らなければならないと思う。自分も間違った道に進みそうになってたけど、そこから新しい道を選ぶかな? その環境で何も変わらず止まっていたら、状況は変わらない。
間違ったことをしてから、行動を変えるのは時間の無駄ではないと思わなければならない。そして正しい道を歩むようにチャレンジする。それから人生は前に向いていく
チャナティップ: 自分は人はみんな間違うけれど、適応して成長できるって思ってるかな。人間は欲しい物や必要なもの、それぞれ持っているからね
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